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占領と平和―“戦後”という経験
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| ジャンル: | 歴史,日本史,西洋史,世界史
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| 人気ランキング: | 179878 位
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内容が狭い
この人のもう一冊『抵抗の同時代史』を読んでも感じたんだけど、歴史を語るにはもう少し広い視野を必要とするように思う。他の評者も書いているが、権力=悪、市民=善というのが前提になりすぎている。運動の歴史になってしまっている感じがする。もちろん、歴史を語るときに、語り手がいずれかの位置に立ってしまうという面はあるんだろうが…。
それに、日米合作の歴史にせよ、反システム運動論にせよ、とくにオリジナリティーを感じないし、他の歴史家の著作で、これより先に読むべきものがあるんじゃないかという気はする。まとめとして便利なところはあるけど、それ以上とは思えない。
こう言ってはアレだが、4000円という値段とこの大分量は正直ツラい。
困ったもの
いくらなんでも小熊英二の著作と比しては小熊に失礼だろう。
小熊がありとあらゆる文献を網羅し記述したのに対して本書では
革新側のみの資料で綴られている。
しかも既に読んだことのあるような内容ばかり。
これではまずいだろう。ボリュームがあって1冊でってのはいいけど。
ある種小熊の本が売れたことで弊害が出てきているようだ。
読むべき労作
小熊英二の三部作を彷彿とさせる、大変な労作である。さらに、著者の研究方法も小熊と同じである。インタビューや一次資料の発掘はせず、すでに出版されている資料を読み込み、再構成する、という執筆の手法であるから、歴史書というより社会学的分析に分類されるだろう。 内容は、「菊と刀」を軸に戦後占領史を概括した前半と、平和運動の軌跡を辿る後半に別れる。後半部の方が読みごたえがあるのは、占領史に関してはすでに多数の著作がものされていること、著者の資料の渉猟が明らかに(おそらく意図的に)左翼系、リベラル系研究者のものに限定されていることがその理由であろう。著者の力点は、小熊により日本国内という視点から追求された「単一民族国家」という観念が、実はアメリカの占領政策を通じて強化された、というところにある。これは斬新な指摘であろう。 後半は、市民的不服従、非暴力的運動、というキーワードを通じて、日本での反核・反戦運動の経緯が概括されている。明確な著者の政治的ポリシーのもと、効率的に取捨選択されていると感ずる反面、著者の意図した「対話と交流のためのノート」の意が、反核・反戦に賛成と反対の相反する立場のあいだの対話と交流のためではなく、すでに反核・反戦という同一方向を向いている人間の間の対話と交流という意味合いのものになってしまっているのは、議論の分かれるところであろう。 個人的に疑問とするところは、権力をアプリオリに「悪」と決めつけ、反核・反戦運動としての市民運動を「善」と見なすある意味能天気な態度である。デモ隊が国会を取り囲んだ岸内閣の際ですら、自民党の単独過半数は揺るがなかった、という事実を、著者はどう受け止めているのだろうか。市民の政治行動は市民運動や「市民的不服従」ではなく、あくまで投票行動の上で訴えるのが本筋であると思うのだが。
冷戦の読み直し
冷戦の記憶が薄れる中、日本の戦後を特に「冷戦」という視点を中心にして描き出した労作。序論では反システム運動という視点から捉えることが宣言され、T部が『菊と刀』と描かれたコンテクストを暴き出すものでU部が革新の社会史といえるであろうか。 注目すべきはT部における、アメリカの対日政策研究であろうか。 U部の戦後革新史も概括するには便利。 ただ菊と刀に関してはラミスの研究を踏まえてはいるものの、乗り越えたとは言いがたく、こういう視点もありますよ?といったものと言ったほうがよいかもしれない。いくつか引用される小熊英二にしても同様である。序論の反システム論にしても、別に昨今目新しいものでもあるまい。 U部6章の最後で語られるイラク反戦運動の中で生じたコミュニケーション・ギャップの問題についても、残念ながら解決の糸口を見つけているとはいいがたいであろう。 著者の今後に期待したい。
青土社
抵抗の同時代史―軍事化とネオリベラリズムに抗して 現代思想 2007年12月臨時増刊号 総特集=戦後民衆精神史 越境の時―一九六〇年代と在日 (集英社新書) 沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史 敗戦の記憶―身体・文化・物語 1945~1970
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